嫌な事はしたくないのにいいところ取りって不可なん?=頭がこんがらがっている事=

好きなことをするというでも、好きなことだけ、楽しいことだけ。つまりいいところ取りとはいかない。

反対の嫌なこと諸共受け入れる姿勢がなくてはならないようです。

この点がわたしには今ひとつ理解出来ない。

というのは、嫌なことをしたくない、もう逢いたくないが為にやりたい(好きな)ことをするのではないの?

ならば!

「なんで嫌な目に遭う必要があるねん!」(☼ Д ☼) クワッッ!!!

と思ってしまうのです。夢想家か現実からの逃亡者なのかな。

往き帰りの車内で見かける、サラリーマンやOLさんは、スマホに視線を向けつつ、

あまり嬉しそうな表情をしておりません。好きなことをしていないの?それとも好きなことの為に嫌な=欲しくないものまで受け入れいるから?

さっぱりわかりません。他人様の腹の内ですから、当たり前か(*´σー`)エヘヘ

楽しい、嬉しい、好きは一致しやすいので、シンプルにわかります。

例えば、好きだけど嫌な相手とパートナーを組まないとならないとか?ちょー多忙とか?

いくら好きでも、それは精神的、体力的に辛いなんて事がありますから、そういうことなのでしょうかね。

辛いのが嫌なら、自分が好ましく思う状態を選べばいいのに。

ちょー多忙なら、そこまでになる仕事が回って来ない程度の量をこなすとかね。

でも好きなら、いっぱい(仕事を)したいか…なれば嬉しい悲鳴で忙しくなるから…

ん!(◎_◎;)

なんだか、よくわからなくなって来たぞww

矛盾?を受け入れられないのではなく、何かこんがらがっている。

腑に落ちている方々からすれば、実にシンプルな法則なのでしょうけれど、嫌なことを止めて、好きにしても嫌がオマケについてくるならば、嫌なことになってしまわないのかと。

違う例にしてみましょう。

お金が必要。働く日数を少なくすれば収入は相当分になります。(単純な話では)

フルタイムでどこかで働けば、自由自在に使える時間は減る。

時間を採るかお金(収入)にを採るか…

重きをおく理由、ポイント、訳が人それぞれの選択につながっていると考えられます。

お金を求めて、時間と好きは止めておく。

時間を求めて、お金(収入)はそれなりあるいは、ひっ迫しても止む無しとする。

時間もお金も好きの三兎は得られないのかなぁ。

自分の値段(提供するものに対する単価)を高めて、時間を確保する。それらが可能となる好き、楽しい、嬉しい、喜びを行えるようにする。
世間は理想とか夢物語とか言うだろうけれど、おそらく好きおよび時間の確保と収入があまりにも一致しない(と思い込んでいる)ことを連日しているから。

なんだかなーと整理がつかない、ちゃろなのでした(●´ω`●)ゞ エヘヘ♪

ちゃろ思ふ故

頭だけでアレコレとヘタに考え過ぎなさんな!
つーこと。

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