「たまたま」のチカラ

地元を走る在来線が始発から一部区間が運休(のちに全線に変わる)という強烈な目覚まし時計的情報が入りました。

迂回、振替で乗り継ぎ、出勤時間に間に合いました。2時間掛かったけれどねww

本日は雨天につき通常より30分早く起きていた-というのは、最寄り駅までのバスのダイヤ大幅に狂う。しかも本数が極端に少ないから-のと併せて「たまたま」テレビをつけた。「たまたま」デジタル情報を見た。

それが功を奏したのです。

電車

この「たまたま」
偶然と言い換えても差し支えないとは思いますが、

あなたやわたしにとって、いい事も好ましくない事も総て「たまたま」で構成されているのかもしれません。

ですから、反対にわたしと同じ地元、同じ在来線を利用した方は11時頃に出社となりましたのも、

「たまたま」いつも通り起きてしまい
「たまたま」乗り継いだ電車まで遅延し、
「たまたま」の結果、遅刻となったのです。

もっと言うならば・・・
大病、大怪我などはたいへんお辛いでしょうけれど、所謂「ついていない」と申しますのは個々人の思い方であり

もしかしたら「たまたま」自分の身に降りかかったのかもしれません。

「なんで私だけ」
「どうして俺ばかり」

という腹立たしさの言葉を発したくなる気持ちはよく解ります。

わたしだって明日は遅刻、ついてない事態に巻き込まれないとも限らないのですからね(*´σー`)エヘヘ

駅

せっかくです。

好ましいことにはー自分に向けてですよ!生憎、人によって自慢と受け取る人もいますからー「大強運だね〜(と、言うことにしておこう)」として、

これはツイていないな〜、アカンわ!には
「とさっきまでは思っていた←コレ大事! けれど、たまたま起きただけ(なのかもしれん)」

脳を騙してしまうのもよろしいかと。

すると騙された脳が「たまたま」思考の働きによって、最終的にはツイテいる-ツイテいないも関係なくなる。「偶然」という、なんか大きな力or存在が働いただけなんだなとフラットな心待ちになれそうな気が致します。

それでも気が収まらない時は腹を立てても浮かれようてもいいのです。それはそれさ( 0w0)ノ ウェーイ

こう語るわたしだって、いつ何時でもうまくコントロール?出来ている訳ではありませんしァハハ・・(^д^;)

線路

ましてや、さも悟りを開いたかのように説法をかますことをわたしは避けたい。自分が出来て、良かったから≠説法する・してもいいのだ(これまた人それぞれですがねw)みたいな。相手に対する思慮のない、浮かれすぎのお調子者ではありませんか。

なんと言っても、あなたの頭だけでムリに

「たまたまって考えないといけない!」
「腹を立ててはならないと!」

とかはお止めになって欲しい。苦しみを生み出しますので、ハイ。

それは脳を騙すのではなくて、あなたご自身=感情を騙す(押さえつけている)ことに他なりません。

因果律や引き寄せとは、全く別のお話でした。
お付き合いありがとうございました。

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