異性を貶める恋愛論を語るくらいなら、スジの通った独り身でいたい。

ど忘れ。あなたも経験したことがあるでしょう。あの時のもどかしさとイライラ。堪りませんよね。本日、なんとも言えぬ不思議な感覚を味わいました。
大切にしていた何かに関わっているようなのに、気になる訳でもない。むしろ記憶が甦ることを阻止しているような・・・なんじゃら?

ネット上でも「恋」の薄利多売?!

ハート

羊毛フェルティングをしている最中一呼吸。ふと、ある言葉が浮かんだのですね。(なんだっけな〜ええと・・・)ところがその言葉が、読んだ本に書いてあったのか、誰かから聞いた話で出てきたのか。それとも歌や詩の一部なのか。まるで煙に覆われ、さらにその先は戸板で進めないようにされているような気分になった。その言葉とは

「恋はがんばるものじゃない」

はてさて、一体なんの言葉やら?上記のキーワードを入れてらGoogle先生にお尋ねしたら?ぎゃぼ〜たくさんヒット!!!恋に関することはネット上でも果てしなくあるもので、たいへん驚きました。

恋愛相談やら悩みやら。それに対する親切なんだか、ビッグなお世話なんだか解答(回答)もあり。「こんな恋愛はいかが」と不動産物件でもオススメするような記事から「こんな男(女)とは付き合うな」なんて元・被害者の証言かしら?なんてものまで。そうそう。恋愛コンサルタントなんて職業もあるのですね!残念ながら?w読んでいる時間はないので、表題だけの流し読みにしておきましたがホモサピエンスとして地球上に生き残り、数々の文化・文明を築き上げて、今や21世紀。それでもこの手の話は尽きないとは。人間万歳!です(‘-‘*)(,_,*)(‘-‘*)(,_,*)

もしかして「汝にとって恋とは何だ?」という天啓なのか??ww

恋を語るほど立派に生きた覚えはない

おれ

ご結婚された人たちやお付き合いしている方々を近頃見ていて「とても良さげだなぁ」と漸くこの歳になって感じるようになって来ました。それでもはっきり言おう。「今のわたし」にとっては恩恵より制限(デメリット)の方が大きい。多くの人は『7つの習慣』で言うなら第2領域に入っている事項なのでしょうが、今後わたしのやろうとしているフェルティングや自転車旅、ビジネスについて、パートナーの必要性を全く感じないのです。たとえ「本当は恋愛や結婚に対して激しく憧れながら、ただ怖がっているだけだろ」と他人に揶揄されたとしても。「ひとりで淋しい。だから好き」ってなんか違う気がするんだ(*´σー`)エヘヘ

自分も人間のこともよく知らず。修羅場を潜り抜けた訳もなし。恋に怯えて、愛に泣き。だから間違っても訳知り顏で「こんな女では恋愛対象外」だとか「結婚出来ない女の共通点」なんて語る気は毛頭ありません。ビジネスとしてやるなら止むなしだが(出来ないけどさw)、

ちゃろ思ふ故

ねこ

恋愛と男女について語るのは顔から火が出るくらいに恥ずかしく、わたしは自分自信で貶める行為のように思えてならないのです。デリケートなテーマをあまりにも自己という狭い範囲で聞いた話と体験と感情に基づきすぎる主観的見解を、さも正論の如く話すなんて・・・。真剣に悩んでいる相手に対する敬意もなく、上から目線の嫌悪感すら覚えます。
ところで、この思い出したフレーズは一体なんだろうという話ですが、わたしの恋愛経験にまつわるものかと思いきや!?今度はメロディーがうっすら出てきたのです。どうやら歌の歌詞みたい。しかし、誰の歌??なんというタイトルだっけ?

結局 まあ、いいかと一人納得してコーヒーを淹れながら、続きのフェルトを再開しましたです。ハイ。

自分が自分でない何かに一瞬乗っ取られる感覚、脳のザワザワ感を感じる

まさか若年性アルツハイマーではあるまいな!!!愛より恋より曲名より。誰が何をどう語ろうが、自分の事をもっと気にかけることにします。

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