自分を叩くくらいなら、自己満足の成長の方がいい。

5月も終わろうとしています。成長した実感がない!なんてことを思ったりして。これは由々しき事態ではないか?アカンとちゃうか、ジブン!ってなります。それは、他者と比較して、成長しないのはダメという自己評価をしているだけの話です。

自分勝手なイメージで人と比較しない。

考える

変化ならば良し悪し含まれるので、全くないという人はいませんが、
成長となるとこれは良い方向に伸びることに他なりません。ですから、もしかすると成長の為に必要な学習やら努力を行わなかったのではなかろうか?と思ってしまうのも理解出来ます。では、改めてお考え下さい。どうも「差」というは自分勝手なイメージに因るものではありませんか?ご自身でも気がつかずに、眼前にいる人に対する見た目だけで「あの人のように努力していない」とか、SNSを眺めては「自分、あんなに成長してない」とか。見比べ、比較してないかと。努力しているように見えた人は「あー遅れてまう〜」と単に焦って、必死なだけかもしれません。SNSに投稿してないだけで本当は「やっべー失敗したけれど、これはアップするの止めよう」とかしているかもしれないのです。真実はご本人さまにしか解らないのに。比較するにしても、励みになるならよろしいとは思いますので、くれぐれも用法用量を守って正しくお使い下さい。

成長のなかった自分は、本当にダメなのか?

比較

さらにうまく行っていない=成長していない、前進していないことに対して、バツをつけたがってませんか?成長したかどうかの基準の設定は何?あるべき(と思っている)自分の姿に到達したら?それとも1年前と比べて?←ここでも比べているでしょwもっと短くて半年前?一か月?それとも昨日?聞かれると答え難いですよね。わたしやあなたの仰る「成長」なるものの正体は、漠然とした感覚に過ぎません。試験のように点数が出る、できなかった逆上がりが出来た!という可視化も体験もなく客観視出来るようなものではないのです。
(だから、比較してしまうのでしょうけれど)

ちゃろ思ふ故

札幌

成長に関しては、ご自身で現在どの辺りにいるかをまず知る。そして成長する目的、目標、期間等を設定。なおかつ記録(ログ取り)をして、振り返ったところではじめて、客観視出来るようになるものかと思います。でないと「私、成長した〜!」というのは自己満足に過ぎません。(でーも!気分高まりますから大いに利用すべし!)「成長してないから、うちダメだよね」という自己バッシングは利用しても意味ないどころか悪影響です。そんなあなたを「好きだ!」なんて思ってくださる方のためにも、ぜひお止め頂きたい。それでも「さぼった」「もっと努力できた」というのなら、何度でもやり直せばいいではありませんか!向上心、自分に対する欲求レベルが高いあなたなら、おそらく出来ると思いますよ。

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