絶食することで見えたこと。食に関する私的アレコレ

一昨日、自宅はわたし一人で過ごすことに。好きな食事が出来るとワクワクしていました。あれもいいなぁとこれもいいなぁと考えを巡らせている内に結局、深夜まで何も口にせず仕舞い。楽し過ぎて、決められなかったというのと、フェルティングに夢中になっていたからでしょう。でも水分摂るのを忘れていたのはアカンことですね。でも、おかげで食に関することに気づきやわたしの思い、考えがはっきりしました。それについてのお話です。では、お付き合いのほどを。

食事時間を「食べ物を詰め込む」時間としている。

食べる

食事というものは、食べなければならない、義務のように感じることもありました。わたしは母と住んでおりまして、ご飯を共にせねばならない手前、どうしても用意される定時刻に食べなければならないのです。空腹感が起きずとも、口にする弊害が起きている訳ですね。さらに外での仕事がなくなった今、活動量(歩いたり、力を使ったりなど)が大幅に減ったのも手伝い、結果どうしても過剰摂取になってしまいます。量を減らして欲しいと訴えはするのですが、まったく耳しないので始末が悪い(これには理由があるのですが、今回は省きますね)。かと言って残すと食材が勿体なくも思うので食べたくもない量を口にする・・・旧ブログのはじめてお腹が出てなぜ太るのか?その原因について考えてみたにおいて「活動量なく食べるから太るのだ」とエントリーしましたが、まさにその通りの結果、お腹は出るし、何より「美味しく頂く」のではなく「決まった時間に詰め込む」のが食事とになっているなと気がつきました。まあ食費は浮きますし、料理をするのが負担ではないようですから準備してくれる分の時間を英語学習に充てられたり、こうしてブログを書いていられるというベネフィットは頂いているので、随分な物言いとは自負しておりますがァハハ・・(^д^;)。

食の多さと娯楽化が過度に進んだ結果、贅沢が当たり前となった日本人

フェルト

日本は世界各国の料理を頂けるという点においても、さらにコンビニさんや駅の売店、スーパーにファミレス、ファーストフード等、どこかしらで食べ物をすぐに手に出来る利便性に優れている点も、どれだけ恵まれているのだろうと思います。選ぶことはおろか、口にする食べ物の種類、量すらままにならない所、人々は、まだまだ沢山なのに。栄養補給、会食などの楽しみならまだしも、空腹でもなく、ただなんとーくもしゃもしゃ食べる、3度3度決まっている事だからと口にするというのは、たいへん酷い話です。おまけに言うならスマートフォンをいじりながら、タバコを吸う人間の側で食べるなど、味覚なんか真面ではないでしょう。食材たる命に対しても失礼極まりない。TVでのフードバトル、グルメ情報の際にやたらと食べるタレントさん、フリーフードスタイルのお店、食事に行くと焼肉やお寿司を食べられるのが当たり前のような子どもさん…お仕事、家族サービスとは理解していおりますが、食の娯楽化、レジャー化の進行し過ぎで、弊害でないかと思います。にもかかわらず、そのような姿勢の国にいて「太って嫌だ!」「ダイエットしないと!」「断食道場に行こう!」なんて話はある意味、たいへん贅沢であるような気が致します(成人病や痛風というリスクもありますから幸せではなく、敢えて贅沢と表現しました)一体、食べたいのか、痩せたいのか何を求めているのやら・・・。SNS上で「これはああだから、こうで、うちは食べてしまう。だから、太って、イライラしたり・・・」と長くツラツラ並べている方も見かけます。ならば、断食するなり、トレーニングするなりとエイヤ!と行動するか、初めから諦めればればいいのにとも思ったりして。自ら「詰め込んで」起きながら、わざわざ時間を取ってダイエット目的で動くのも、一人でじっくり味わうことなく食事をするもの、本当は嫌なわたしからすると「なにやってんの!」と。白い木馬型空母の艦長さんの如く言いたくなるのです。

見えたこと。食べないなりの活動はできる。

India_13

ロゴ

さて実際、正午から深夜0時過ぎまで水を一杯飲んだだけの「オート絶食」で過ごしたところ、激しい空腹感も食べ物の「詰め込み」もないので、お腹がぺたんとなっておりました(胃下垂のわたしはお腹に食べ物が残っているだけで妊娠数ヶ月のようになってしまうのですがww)。またガテン系の仕事を手伝いに火曜日12時間していたのもあって、筋肉が際立っておりましたね。室内作業のフェルティングしてても、頭がクリアというには大袈裟ですが、細かい作業も捗り、集中出来る時間が長かったようです。( – -).。oO(こう羊毛の流れを沿わせればいいな)なんて、ひらめきが起こり、実際出来たりしてw

ちゃろ思ふ故

コピー

ダイエット法として勧めるものではありません。今回は1日3食がいいのか否かなんてお話もするつもりもありません。食べないでいたことにより、わたし自身が思いついたことをツラツラ書いてみまただけです。お読み頂いた、あなたがまたどのように考えるかはお任せいたします。一番は何でもいいのです。結果論として、あなたにとっての思考や悩みに整理がつく1tsp(ワンティースプーン)が投じられたのなら言うことありません。最後に脈略もなく恐縮ですが申したいことがありますので、それをまとめと代えさせて頂きます。

オーガニックだ、無添加だ、という食材そのものに関することは大切ですし、わたしも興味があります。それらを「食育」と表現するならば、家庭の食の安全を守ることだけでなく、さらに世界的視点からみて日本の過食、飽食、贅沢(を当たり前と思わせる)について言及して欲しい。食材に対する「感謝」の念を考えてみて欲しいなと思いました。ハイ

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