ぱくたそ

自己否定するのはステキでない私を許さないナルシズムだと思うの《前編》

他の人に「あなたは(自分って)どんな人?」と、
よくある質問をされた時にどのように答えるのでしょうか。

ちゃろさん的見解として客観的事実というよりセルフイメージから
話すのではないかなぁ〜と思います。気が短い、細かい、慌てん坊、
忘れっぽいとかとかあるものの、現実に同じであるかどうかは別でね。

また人様から言われたからというのもあるとは思いますが、
その人様でさえ、その方の見方による判断ですから。
客観的事実なんて無いようなものです、はい。



セルフイメージだと仮定して話を進めると、自分という人間=
自己認識の産物とも言える訳で「私はこうであるのだよ〜〜」と決めてしまっている。

普段は無自覚であっても、確固として持っていないと精神と乖離しショックノパー!!!
精神が安定しなくなるからでしょう。つまり、「こうである」との確固たる
セルフイメージーこの範疇にはマイルールと呼ばれる自分にとっての正義概念、
イデオロギー、道徳感、倫理観、好き嫌い、規律、誓いも含まれていますーは
生存にあたり必要不可欠であるともいえます。

確固たるセルフイメージ(以下、コウデアール)は自我を安定させるものならば
「好ましい」方が良いでしょう。憧れの姿、理想像、ステキな私、かっこいいオレ様・・・

何とでも言い換えてよろしいですがww
そんな自信満々な感じの方が精神崩壊や心的外傷に耐えうるにはより有効というもの!

恥ずかしいことでも何でもなく、誰の中にもあるはず。
自己愛と申した方が受け取りやすいでしょうか?ナルシズムより( ´艸`)

羊毛フェルト

ところが、光あるところ陰あり。天地万物の理。独なく必ず対あり。
誰もが持ち、必要不可欠なコウデアールは人により厄介な作用を致します。
なんでもない「素」の自分ではいたくなくなるのです。
少しでもコウデアールからズレてしまう自分を許せなくなるのです。
私(自分)という名のコウデアールがゆらぐと不安になる。

無意識ながら

こういう私であると安定したいの!

コウデアールのはずなのに??

そういう(コウデアールとは異なる状況の)私は
ズレた自分じゃん。

ズレると好ましい自分でない!

困る!!Σ(∩˃͈ ╻ ˂͈ ∩)‼︎

みーたーいーな!!!

つまり私が(セルフイメージ通りの)私でなくなってしまう恐れ。
もっと言うとコウデアール—先に書きました「好ましい」自分、かっこいいオレ様、ステキな私でなくなる、乖離した私はダメな私であるから、表立つのが
たいへん怖いのです。
そうでないと価値がない、
恥ずかしい、みっともない(と、これまた決めつけているですが)

そうです!自分を認められないのです・・・。
では自己否定かと言うと?これがちと違うようで(*´σー`)エヘヘ

=後半へつづく=