自己否定するのはステキでない私を許さないナルシズムだと思うの《後編》

前編はこちら→( 0w0)ノ ウェーイ

「ステキと思うどころか、自己否定ばかりしている私。
むしろ、どうにかして欲しい」

という御仁もおられるでしょう。ふむふむ。

では、どうなったら自己肯定できるのでしょうか?

((‘-‘*)(,_,*)おりこうさんは、もうお解りでしょう!?)

ステキな私(コウデアール)からズレること、
ズレてしまった自分を許せばいいのです。



「だーかーらー!(☼ Д ☼) クワッッ!!! 許せないから否定しているの!!!」

と反論されますよね。そうですね。

では御仁!ご無礼承知でお伺い致します。

逆に、なぜ自己否定するの?

はっきり申し上げます!

御仁は、
ズレが許せない完璧主義者ではなく、
ダメな私であると自認する謙虚な自己否定の人
だからでもありません。

真実は!!!!!!!!!!

ちゃろ

自分のことを
「いい人」「ステキな人」
と、どこかで思っているからなのです。

歌の歌詞ではありませんが

がっかりさせない、期待に応える、ステキで楽しい

私でないと嫌なだけ。

ズバリ!
ステキな自分、いい人である自分以外は私と認めていないのです。

もう一度いいます。御仁の自己否定は

私、コウデアール(ステキ)でない!と判定(ジャッジ)した
「結果」の産物であり、決してダメだからという事実ではありません。

あるべき人間像からズレるのを許せず、ダメ出しの
「結果」を完璧主義とラベリングしたのであり、これまた事実ではありません。

ステキ、かっこいい、憧れ、理想・・・なんと呼ぼうが、
私は好ましい、いい人なのであーる!
そうでない私は私として認めない!許せない!!というイイ子ちゃんの
ナルシズム的自意識に過ぎないということです、ハイ。

ちゃろ思ふ故

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人に親切にしたり、優しくするのがいけないとは申してありません。
高いコウデアールにより自分自身を受け容れられなくなっている
のが問題だということ。

理想を追うことも、その気になるのも構いません。
今、こうしている平凡、恥ずかしくみっともなく無価値な私を排除しておいて、
理想(コウデアール)通りの、そうなった私だけを認めるなんて・・・。

片腹痛し!

自己受容できる姿か否かではなしに、どんな自分でもいいーーんです!

コウデアールだけが絶対的に正しい訳ないやんΣ(´Д`)ハッ!!

と思えたら、スゥーーと鬱々やモヤモヤが
消えて軽くなるものですよ。 知らんけど