不定形なハートに振り回されている生き物が「人間」だと思い知る。

本日、映画を観に行きました。人間の「奥」にも何かあるかもしれないと思えば、ゆるしの精神も少しは湧いてくる。出来なくともせめて覚えておくのも悪くないなと。それではお付き合いの程を。

「人らしさ」って、きれいなことのみを指すのではない。

アメリカのSF映画でして、まだアチラで上映している時に、大好評でロングランになっていると聞いていたものですから、とても楽しみにしておりました。ヒューマンストーリーが前面に出ていると思っていたら、戦闘シーンが多かったので驚きました(それはそれで面白かった)がwww作り込まれた作品に満足でした。

このシーンは要らないのではないのか?せっかくの盛り上がりが野暮ったいものになるのにとか、生意気にも思ったりしますが、よくよくスクリーンに映し出されるシーンの奥まで観ると、含まれているメッセージや必要なカットであることが解ります。悪党をぶちのめすシーンはスカッとするところなのに正義からの行動ではなく、実は矛盾した行為で哀しみに満ちているなと胸が詰まる思いがしました。また主人公と対比させて、自分より弱いと判った途端、酷く攻撃したり、信頼している者に嘘をついたり、自分の立場や功績を守る為に他者を犠牲にしたりするシーンから、よく言われる優しさや温かみ、道徳心や理性というものだけが人らしさではない。「感情」がさまざま見受けれました。

ちゃろ思ふ故

観た、いや、ただ見ただけでは解らないことって本当にあるものですね。けれど見た目で人は判断される。奥まで見れるものでは中々ありませんからこそ「自分で選びました」という生き方をしていたいものです。逆に、見た目で判断することだってある。自分の正義・見解を貴重品扱いして、人様を裁く必要もありません。相手はそういう人間であることを意識的にせよ、無意識的にせよ選んだのだから。

明日から大阪に参ります。

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