不本意な生き方は本当に自己選択の末なのか

前回のエントリー

を読み返してみたら、結構、駄文でございました。
それでも意外と好評でして。時間がかかった分これ幸い。
そんこんなでつづきのようなエントリーを書いてみます。

自己受容の足りなさ、自己否定の強さから不本意な生き方を
してしまうという理論が私、ちゃろさん界隈では実しやかに
呟かれております。

加えて昨今のアドラー心理学ブームも手伝ってか、
生き方は「自分で選択している」というお考えの方もいらっ
しゃいます。わたしは詳しく学んでないので、理解もせずに
語ってしまいますが今回は、生き方の「自己選択」について。
お付き合い下さい。



幼少期における生存戦略

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子どもは親の愛を一心に求めます。ここでは「庇護を求める」
と、言い換えましょう。心理学だけでなく、教育学等々でも
よく申されていることですが生命に関わるからです。

生き残る為には危害が及ぶもの、不快、不穏なものを
避けねばならない。しかし、到底大人と同じ知恵や経験は
持っておりませんので対処ができません。
一番近しい親に寄りかかざるを得ないのです。

つまり「庇護」を得られないのは生命の危機とともに最大の恐れ。
親は、まるで神のような存在ということにもなりましょう。

機嫌を損ねたり、意にそぐわないことをして怒られたり、無視されたり、
もっと酷く打たれたりしては一大事。生き残るはずで親の側にいながら、
生命に関わってしまう状況を作ってしまっては本末転倒。

かと申して、出て行く訳にも参りません。ですから顔色を伺うように
したり、自己犠牲の下に喜ぶようなことばかりをしたり、
悲しむのではないかと思案したり、反対に気を引くために、
離れないようにといつも負担を掛けたり・・・。

あの手この手を試してみて。これが妥当という手法つまり、
周辺環境(家庭・親)に合わせ、その子ならではの「生存戦略」を
身につけていく必要性が出る訳です。

ミスタッチを自己選択と呼ぶ酷

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さて、ここで一考致しましょう。子どものときにあなたも
生存戦略を身につけております。果たして、あなたが思いつき、
試し、「選択」したのでしょうか。

先述の説明ですと、そのようにも読めますよね。確かに、どうすれば
いいかなと考えはしたでしょうし。実際、Try and errorしたですから。

しかし、今現在の不本意な人生を歩くに至る程、あなたの積極的かつ
自覚を持って選択したと言えるのでしょうか。

わたしは疑問でなりません。幼少時代に○○の実行すれば危害を
加えられない、嫌な思いをしないと、本当にあなた一人だけで、
最初から思いつき、身につけたにしては、あまりにも
出来過ぎではないでしょうか。

ある不快刺激に対してオートメーションに働く「不適切な適応」プロ
グラムと化している生存戦略
を自己決定で組み込んだなんて・・・
子どもがですよ。(当時は)「必要な適応」プログラムでも、
積極的に自己選択、意思決定したと申すのは無理がある。

不本意な生き方を選んでしまう姿は、計算機を前に気が付かないで
+キーを押しながら「2倍にならない」と嘆いているようなもの。
2倍したい、2倍にしたいのにと言いつつ、目で見て確認しながら
+キーをひたすら押し続けるなんてことあるのでしょうか。

わたしからすると生存戦略の自己選択説は、ミスタッチも自己選択ですよと
同義語扱いしているみたいでならないなのです。

従順にして本人に意思なし

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自己選択というのならば、今となっては不要などころか弊害と言っても
過言でないプ程のプログラムなのですから、すぐにでもあなたはアンイン
ストールするなりアップデートできるのではないのでしょうか。

わたしは自我吸着一体化させる何かがあったと考えております。
大げさに言えばマインドコントロール。無意識に、さも端から自分のもの、
あなた自身が選んだ、あなたなんだと思い込ませるような仕業です。

あなた自身が気がついていないのは無理もない何かとは。
そうです。親からの教え。しつけ、教育、指導、子育て、言葉かけ、
親自身が持つ信念、世の中や人の見方、イデオロギーなどなどを総合したもの。
わたしはこれを「掟」と呼ぶことにしております。

「○○だったら、いい子(悪い子」「○○だったら、してあげる」
「あなたはダメ」「○○はいけない事」「世の中とは○○」

など

いくらあなた自身が思いつきとTry and errorがあったとしても、
子どもの意思だけの自己選択で不本意な生き方までに至りはしない。

生存戦略+掟=プログラム

本人の明瞭な意思はなく、ただ子どもの持つ素晴らしい
「素直さ」によりインプット

自我吸着一体化を成し、特定の刺激に対して自動動作。

して、今現在の認知の歪みや人生の息苦しさを生み出す不本意な生き方

の完成です。これを恩恵(ちゃろの言う肯定的副産物)があるから
自己選択だと(特に他者が)言うにはあまりにも酷ではありませんか。

ちゃろ思ふ故

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あなたが悪いのではありません。周りのせいにしてもやりきれません。
その程度の人や環境だったのですから。インプットされいるどころか今や
ガン細胞よろしく自我と一体の「掟」をどうするか。

他所こそが自己選択です。不肖・ちゃろ、唱えます。

 

掟はあなたではありません。

あなたは掟ではありません。

 

過剰な生存戦略を施さなくても、あなたは生き残れます。
なぜなら、恩着せがましくなく、ギブアンドテイクでもない。

あなたを無条件にそのままで対峙してくれる世界があるのだから。
愛がありますから。