正しい人とは「話し合い」にはならない。ー思い出すことども・其の弐ー

いろんなことを知っている。説明も上手で、言っていることも、やることも正しい。ミスらしいミスもまずしません。みんなからの人気もあり、他の優秀な人たちと一緒に集団をまとめる。そんな人(たち)があなたの会社や学校にいませんか。下手をすると、悪意を持った人を招く一旦になりかねない。正しい人の無自覚な残酷さ。川に落ちた子犬を棒で助けているつもりが、子犬にとっては棒で叩かれいているような。前回の立場が上なら、人は無自覚にも残酷になれるの続きです。重たい話が苦手な方はご離脱のほどを。今、昔にいじめやハブられたあなたは、ぜひお付き合い下さい。

そんなに酷い悪行をだったのか。

殴る

ある日、登校してみると教室が不穏な雰囲気。全体的にソワソワしていて、ひそひそ声で話をしています。この時は判らなかったのですが、わたしに関することだったのです。実にいやーな感じのまま半日過ぎ、クラスの下っ端ヤンキーが騒ぎ出したのです。「自転車に乗って通っている奴がいるんだよね」と。「?」今までソワソワがザワザワに変わりました。「コイツ」と敢えて言いますが、半端な不良でわたしより背が小さく非力なのですが、バックがいるもんで調子に乗っているタイプ。しかも、おとなしい人を見つけては殴ったりするとんでもない奴でして・・・。「あ!ぼくのことかも・・・」。午後からは「自転車に乗せてもらって来てよ〜」という表現に変わりましたので、今なら、ぶん殴って、椅子でも叩きつけてやろうかと(コラコラ)思うのですが、当時はそんな気持ちもなく、またケンカする度にいいことがなかった。例えば、こちらが殴れば、手は痛くなる。殴られれば、顔は腫れる。興奮状態なので、どこをどう動かしたのか自覚ない。そのために身体も妙なところを痛めたりするのです。あと何と言っても父がキレることが恐ろしかった。大人の力でそれはそれは思い切り殴るんですよ。鼻血が出るならかわいいもので、概ね口を切り、血が流れ出る。加えて連続で殴られるのもですから気を失いかけたりして。昔のワーナーアニメで星がまたたき、頭の周りをヒヨコがぴよぴよと鳴きながらくるくると回るシーンがあるのですがアレ。本当なんですよwww今なら虐待と勘違いされるでしょうね。とにかくわたしにとってはいい道はない(これは参ったな・・・)腹立たしさと自分が暴走してしまうのではという恐れ。それと確かにルールやモラルとしては悪いことではあるなと反省と納得もしました。同時に3つの感情が頭と言わず、全身を巡り、過剰ストレスの状態で過ごし、ようやく帰りのホームルームの時間になりました。連絡事項の伝達が終わったその時です!!!「話し合いをしますので、まだ帰らないで下さい」と先生から。そうです。わたしのやった事についてがテーマでした。

話し合いという名の公開処刑

シール

通常、授業時間に行うのはロングホームルーム、学級会などと呼ばれたりしますが(今はないのかな?)、緊急のために「話し合い」と呼び、教室にみんなを留めました。しかし、父の愛情の一つとして自転車に乗せてもらっていたことを隠してなかった(なにせ悪気がないから)とは言え、先生が知っていたとはひじょうに考えにくいのです。校内暴力全盛時代の先生方はそれはそれは朝早くから来て、部活の指導(所属していた剣道部の顧問は殆ど来ませんでしたが)や校門で服装、髪型、持ち物の校則チェックしたりしてましたから・・・ん?今書きながら思うに刑務所のような事をしていたのですね。ズレました。例え、同じ時間に来ていたとしても、わたしの通学路とは真反対にお住いの先生方が多いので、すれ違う事もなかったのです。コイツかまたは他の誰かはわかりませんが、恐らく「それは良くない!」と言ったのでしょう。とくに目立つキャラでは(当時ねw)なかった一生徒のわたしを、荒れた学校で体罰と校則でしか制禦できない先生がチェックしているとは甚だ思えません。

クラス委員だった、日朝だったかが議長を務め「話し合い」が始まりました。わたしを名指して、自転車の後ろに乗せてもらっているのはどういうことかと、問われました。前回のエントリーに書きました経緯通りの内容をみんなの前で発表しました。急いでいた時に、初めて乗せて貰った。それから毎日ではないけれど、時々乗せて貰っていた。言う通り、気がつかなかったにせよ、いけない事でしたと謝りました。しかし、コイツが「そんなのおかしい。悪い事に決まっているじゃん」「知ってやっている」とか過ちの点を突くのです。やがて飽きてきたヤンキー連中も「ぼくも自転車で通いたいです」と、からかい初めたり、他の生徒は「もうやらないで下さい!!」と早くこの場を去りたいが為、イライラを込めて意見を述べ始めました。やがて、わたしは設明を繰り返す以外に、とにかく「ごめんなさい」と謝るしかありませんでした。そして、とうとう教室いるクラスメイト総勢40人以上がザワザワし始め、興奮状態。ああでもない、こうでもないと「意見」とばかりに「責め立ての言葉」を浴びせ掛け始めたのです。「話し合い」ではなくもはや「公開処刑」状況でした。

長文につき、つづく

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