地元の交流会に参加。変わったことばかりを追う、自分の愚かさに気づく。

昨日、仕事中に社長(とは言っても知人ですが)から「交流会が夜にあるから参加して下さい」と・・・。出席することに致しました。昔から気になっていたカフェが会場だったのと会費を出して下さるというので(コラコラ)わたしの地元でありますから、都内の交流イベントより当然アットホームではございますが、個人的にちょっとした気づきがございましたのでエントリーにまとめました。それでは、お付き合いのほどを。

ささやかながら、手応えある交流会

カフェ

会場のカフェのオーナーさんが主催の地元の起業家さんや経営者の方々が集まる。2時間程度の世間で申します「異業種交流会」でございます。社長はフェルティングをしているのを知っている為、自分よりむしろ「ちゃろさん向けでは?」とお誘い下さったのです。しかも、わざわざ作品を取りに行こうとわたしの自宅まで迎えに来て下さいまして・・・ありがたいことです。20時から開始。ご参加のメンバーはマッサージ、カイロ施術、ネイルサロン、コンサルタントのほか、書道用具販売店さん、某有名ラーメン店のオーナーさん、アクセサリー製作者とバラバラ。このような状況の中、それぞれ1分間の自己紹介。その後、いきなり「お話して下さい!」はさすがに圧倒されましたがww接点ないながらも、お話出来てしまうのが私、ちゃろさんでございます。加えてちゃろQとその仲間たちを取りに戻った甲斐ありまして、お手にとって下さった方々を笑顔のする事が出来て、初参加にして良かったと思いました。

焦燥感の末にただ普通である事の価値を知った

わたし

2年間の間に様々なセミナーや勉強会、イベントに参加して参りました。時にお休みを取り、時にスケジュールを空け、電車賃を使って90分前後かかる都内の会場まで、頻繁に。嫌だったことはありません。今現在2015年6月でございます。ところが、そこまでして実りのある、具体的な成果があったのかというと、はっきりYes!と答えらないワタシがおるのです。たくさんの心置けない仲間が出来ました。中には応援、励ましして下さる方もいらっしゃいました。何らかしらの影響は受けたものの、わたし自身”そのもの”を振り返ってみれば、なんら変わりもなく成長したのだろうか?ログはとっていっても??なのです。昨日参加致しました地元の小さな交流会に出て気づいてしまいました。「特別な」「すごい」「大きな」「有名な」人、人生を送らないとならない。仲間に追いつかないながらも、ついていかないといけないと必死だったなと。知らず知らず。もしかしたら都内に出て、多くの人達に囲まれている状況の中にいることに甘んじ、同じことをすることで安心感を得て、特別なわたし意識を持ったに過ぎないのではないかと。「日常の」「小さな」「ごく一部」いわゆる「普通」でも十分価値があったのに。今までなぜ、普通を嫌いはしないまでも、認めなかったのであろうか。エニアグラムのタイプ4の特性である、特別な存在でありたい意識と自尊心の低さが顕著に出ているだけなら良いのですが・・・。

ちゃろ思ふ故

ファントム

とにかく、みっともない話ですw実践実践といいながら、セミナーホッパーのようにその場にいることで安堵感を得たかっただけ。変わりたいのに、どんな自分でありたいかと言えば、人様にご評価をもらうことだったのでしょう。(なんてこった!!)もっと身近で近いものにも意識を向ける。独立する、海外で生活する、格別な活躍する、お金持ちになる、そのような特別でもなんでもない、今の等身大の自分でもそれはそれでいいのですね。勘違いして欲しくないのは、都内の大きいイベントはダメとか、小さい方がいいという話ではありません。私事で恐縮ですが、他人の承認を求めすぎることなく、必死にもならず、自分にとってどうなんだろうか?を思いつつ、心地よく生きて行くのも悪くないのかなって思いました。気づけたことを確かな大成果と致します。

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