ブログは休んでSNSをやめて、自己肯定感を育もう!

更新まで10日間開けました。というのは、自己を見つめることに時間を多く割きたくなったからです。

本を読み、ストレングスファインダー等のテスト、初対面の方から印象を伺ってからというもの、突如、自己肯定感がことのほか高まって来ました。このタイミング、とても大事にしたかったのです。肯定感を安定させる、でなくともせめて、ネガティヴ思考に陥ったままでなく、行ったり来たり出来るのではないかなという強い予感がしたのです。ブログを書く時間、2から3時間をそちらに振ったという訳ですね。

たくさんあるのですが解ったことを幾つかお話します。

否定することの恩恵と無意味

ガチャ

否定することで心身の不調を及ぼし、気力を激しく弱らせていました。一方で、親子関係の話ですが愛される、ダメな自分だからこそ守ってもらえると歪んだ信念(ビリーフ)があったことに気がつきました。お陰で安心感を得ていましたが、これは流石に今となっては必要はありません。自己否定は無意味だなと漸く納得できました。自己否定はあまりにも代償が大きいのです。

人様の評価にどのように反応したかに正直でいよう。

ぐるぐる

人様から言われた、されたことで多かれ少なかれあなたも喜んだり、落ち込んだり、腹を立てたり、やる気が出たりとありますよね。人様から言われて、心が変化しているようですが、実は己の心の在り方と言われ事、された事に対してどう意味付けするかによって「反応している」だけだなと。とくに傷つきは、わたしの自己否定が強く反応していました。傷ついたから自己の否定が進行したのではなくて、否定が先にあってそれが傷つきになり痛み、それも激しく感ずるようになった大きな要因の一つのかなと思いました。反応については善だの悪だの、大人だ子どもだなんて(自他ともに)裁く必要はありません。わたしの反応はわたしのもの。ただそれだけ。(あなたの反応はあなたのもの)わたしの「思い」「感じた」について見つめて、受け入れることで自分の真の味方になる=自己肯定感につながっていくのでしょう。そうそう!SNSも併せて控えていました。タイムラインに出てくる多くの人たちのポストなんて、まさに人様の言動に他なりませんから。ご無礼承知で申すとノイズだったな〜と。離れてみたら、それは楽で、気分がとても優れましたよ!それにあなた(わたし)のことは、誰も気にしていないことが判ります。心配もしませんよ。みんな、自分のことを知ってもらいたい、見てもらいたい、聞いたもらうことに意識があるだけなのです。となると人の目や顔色、言動という評価は本当にどうでもいいことがお分かりになるでしょう。逆にあなたは人を評価(裁く)することもなくなります(必要性のなさを理解した)から、自分の人生のに集中し、大切に出来るのです。

「ねばならない」は己をきつく縛ってしまい本音が見えなくなる。

ボード

つい口ぐせで「やらねば」「しなきゃ」が出てしまいます。例え話を一つ。「ブログを毎日更新しなければ」と致しましょうかw。明確な目的や理由があり、自らの意志で決めたのなら良いのです。シンプルに言うなら、やりたい!やってみたいという気持ち「本音」が「自分」から起きたということです。その方が身につく事や効果、反応も出やすいと思います。反対に周りがいいというから、やってみると効果が出るという言葉に「反応」ようするに、誰が誰が言っていたからという理由に重心があったのでは、思考停止です。それどころか心をも無視した=本音より頭を優先した自己(本音)の否定ではなかろうかと思ったのです。行動してから本音が出てくるかもしれません。ですが、わたしの場合は無理がたたってしまい、挙句「やらねば」になってしまうようです。毎日更新したところで、のっぺりしたエントリーになっているかもしれませんねァハハ・・(^д^;)あくまで、例え話ですよww
将来の為に役立つ、成果を得られる、人様やネット、メディアなどからの勧めより自分の「したい」「面白い」を感じ、選べるようになる。周りの友人・知人が勧めの方を取って、ひとりぼっちになったとしてもです。「ねばならない」は自じょう呪縛する義務感であり、自己不信=自分より権威ある人など人様のを信じるを進行させてしまいます。

ちゃろ思ふ故

 

まだまだ腑に落ちること、気づきはありました。こうして文字にすると中々お伝えするには盛り沢山過ぎて・・・まとまっていないのかなぁ。「我が、ま(ん)ま」すなわち自分は自分あっていいのです。それは人様はああだこうだと言いますよ。頭がイイと思っているのか、正しい人の自負なのか。それとも無自覚なのか・・・。それこそ本音を見つめれば一言!「ちょーウザいんですけど〜」www。好きにやればいいのですよ。ハイ。けれども耳を傾けて、考えては下さいね。好きと勝手は違いますので。それでも心底ごもっともと思えないなら、自分が悪いなんて思わなくてもいい。責める必要はもっとありません。今、あなたに大切で優先する事項は自己肯定感です。誤りや至らなさを指摘する・されることではない!まして、あなたを蔑ろするような輩だったら、なおさらです。

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