自分であるのを怖がっていながら自分啓発とは片腹痛し!

©花吹アキラ・雁屋哲/小学館

今やアーティスト?になってしまった木村カエラさん。デビューソングの「Level42」を聴いていました↓

で、久しぶりにiPhoneから出して聴いていましたら、

Σ(´Д`)ハッ!!

とするよう歌詞が!!確か、ご本人が作詞していたと思うのですが(カエラすげえ!!!(◎_◎;))と上からの物言いながらw関心してしまいました。

さて、肝心なそのフレーズとは(すみませんがお借りします○┓ペコ)

自分らしくいるのが怖いなら

でございます。此度のエントリーは勝手に命名しました「リスペクトわたし」についてお話致しましょう。
お付き合い下さい。



自分以外のナニにあなたはなりたいの?

ねこ

人望を得るには
一流になるには
できる人と言われるには
自己管理しなければ
夢を叶えるためには

と、日夜、お仕事にお勉強にタスク管理にスケジュール管理にタイムマネジメントににと励んでいらっしゃる方々も多いのではありませんか?お若い方なら、どうやったらモテるか、カッコよく、カワイくみられるか。結婚や恋愛したいなら、好意を持たれる女性(男性)になるかを目指している。と言った感じでございましょう。わたしも多かれ少なかれ「目指す人」でありました。しかし、目指す先、やり方、やっていることがどうもしっくり来ない。それもそのはず。目指し、進み、到達先がわたし自身ではないから自分ではない何か、別な者になろうとしていたからです。「このまま」ではマズいよわたし!社会人(男、女、大人など)として「みっともない」「恥ずかしいぜ」など、漠然とした欠落・不足を感じ、目指さないことは悪だとばかりにやっていただけなのです。

燃えるような目標を持つよりも己を尊ぶのが先

海

もちろん気持ちの上で震えるほど。それこそ昭和の野球アニメのキャラクターよろしく、目の瞳孔だか、虹彩だかに火が灯るくらい「なりたい!」「達成(希望を叶える)に向かうのが楽しい!」「もっともっとレベルを上げるのは当然✧❝ཻ͋≀ˍ ̗❝ཻ͋˶ フッ…キッ⚡」というなら大いに結構。むしろ、わたしは(○p>ω<)尸” フレーフレー☆とあなたを応援したくなります。ストレングスファインダーでいうなら「最上志向」や「目標達成」が上位にある人ですww今この瞬間に在る本来の自分をシカトして、欠けているところばかりを見つめ、恐れの機動力で向かうなら得策ではないなと。無駄にエネルギー、時間、お金を消費し兼ねるとわたしは申し上げたいのです。前回のお話。馴染む前に、以前の当たり前の状況(コンフォートゾーン)に戻る可能性もないわけではございませんしね。

あるがままの自分でいては危険!?

電車

今のあなたは「ただ在る」「我が、まんま」で十分に価値がございます(そんな”今のあなた”を「リスペクトyou」と・・・いや待て!自分でおっしゃる場合が今後ある時を考えると…やはりyouではなく「リスペクトわたしと名付けましょうw)。なのに「リスペクトわたし」を信用していない。リスペクトどころか、そのわたしとは一流やできるの称号や人望、人柄とか、かわいらしさなどが「欠けているわたし」であると、むしろ信じております。なぜか?欠けた部分は埋めないと。埋めるには"持たねば"ならない"からです。もっと言いましょう!この勝手知ったる世の中において、そんな欠けているわたし(本当はリスペクトわたしですが)ではひじょうに危険だ!!!死んでまう〜〜くらいに思い込んでいるのです。先のカエラ嬢の歌詞ですが「自分らしくいるのが怖い」は正に!とは思いませんか。無い無いばかり。無いからどうなるか、有ったらなんとかなるのか・・・わからないのに。吹かし入れられれば、誰でもなります。しかし、そんな心理状態のままゴリゴリ目指し向かう先は果たして、望む自分なのでしょうか。「リスペクトわたし」すらないような気がしてなりません。(;´Д`A

とりあえずからの〜「リスペクトわたし」

ガンダム

以上、勝手を申しましたが、実は責めてはおりません。お説教なんて、とんでもない。(そう感じたら、ごめんなさいね)わたしだって、めちゃめちゃ「自分らしくいる」「リスペクトわたし」を出したらエラいこっちゃでジブンと思っておりました。もう一人の自分?からうっすら声でささやかれてました。(専門的には、このようなもう一人の自分的な声をテラーというそうです)。カエラ嬢も同じ。がんばれソングではございません。「なら」がついていましたでしょう。そう続きがあるのです。

誰かのフリしたっていいじゃない!!

責めてないでしょうwwムリして目指してゴリゴリやっている自分は「リスペクトわたし」ではないけれど、それはそれでいいと詞に書いているようですよね。一流、できる、素敵女子(男子)という称号で囲われた自分以外の何者かでも、とりあえずはアリなんですって。囲う=欠けているわたしを埋めると選択したのも、実は「あなた(自分)」なのです。かと言って、自分らしくした方がいいんだ!別人になったらアカンのや!( ´ ▽ ` )とペケしては元も子もない。肯定感が下がるだけです。あなたの選んだ選択肢にペケはなし!正誤判断するからややこしくなるのです。二分できない。判断も。それどころか必要すらない。「リスペクトわたし」には"何もない"からです。裁けないし、裁かない。「そのまま在る自分」「我が、まんま」のあなた。それが「リスペクトわたし」なのです。

ちゃろ思ふ故

わたし

成長を止めることと自分らしくいるとは違います。成長し、ステージアップしたから「リスペクトわたし」になったのではない。元々あなた(リスペクトわたし)であったのが、ステージアップしたのです。逆なのです。そこを誤解しているから(仕方ないのだけれども)、わざわざ自己啓発という名の自己否定、自己成長不全に勤しみ、他人になろうするのではないでしょうか?「リスペクトわたし」で安心して生きれる!がわたしの考えです。一流、できるは魅力ある言葉ですがねァハハ・・(^д^;)あなたが「怖れ」や「不足感」から目指し、めでたくゴールインになったとしても、その後、疲弊していたとしたら哀しく思います。

最後にもう一フレーズお借りしておしまいにしましょう。

あなたが知ってる世界から
はみ出してみても いいんじゃない?

世の中は、あなたの勝手知ったる危険な世界って本当ですか?

(斜体は全て
詞:木村カエラ/Level42より)

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