欲しいものリストに「なーもなーも」の心を。感謝は内からにじみ出るもの

昨日、渋谷へ向かう電車内でモブログしておりましたら、メモアプリが落ちまして半分くらい内容が消えてしまいました。エントリーというより、もはや雑記のようなものと化してしまいましたが、それでも公開しましたところ、お読みいただけたり、コメントを下さったりとありがたいなと思いました。忘れがちな感謝の気持ちを思い出させてくれるのもブログの一効用ではないかと思う、ちゃろなのでした。

ミカリカ

「感謝の気持ちがないんだよ!」とたまにお小言を言われることもあります。申し訳なく思う反面「そういうあなたは感謝をしているのか?」「あなたのおっしゃる感謝ってなに?」「って言うか、感謝が足りないってさ〜人様に対して言うことなのかね?」と心の中に疑問と反論が渦巻くこともございます。

わたしにとっての感謝とは、よく言います「幸せは感じるもの」と同じく「あ〜ありがたいな〜」と内からじんわりと湧いてくるものなのです。面倒を見て下ったから、協力してくださったからというような「◯◯だから」に重きをおいてはおりません。言葉にし難いのですが、できるだけお読みいただいているあなたに伝わるようにお話致しますと、数学で言うなら公式に当てはめたり、方程式のXに数字を代入して答えが出るようなものではない。感謝だとしましてもそれこそ自動計算からはじき出された、濃度の薄い感謝だなと思ってしまうのです。

ミカリカ

礼ぐらい言っても良くね?と申されるかもしれませんね。なるほど。それは感謝(の念)ではなくて、わたしにとっては挨拶の話でして・・・「ありがたいな〜」という気持ちの話ではないのです。お相手に「サンキュー!」って言う程度のもの。さらに何も言わなくていいという話でもありませんよ。挨拶の必要性はこれでも知っていますから(ん?つもりかなw)。できることなら感謝は挨拶と気持ちが一致していたい。そんなところです。

「感謝の気持ちがないんだよ!」は態度なり、言葉なりで意を示さないのか!!との「ご要求」。ご気分を害してしまった自分の無神経さと無礼にもがっかりですが、(私に対して)感謝の意を示すのは当然、なぜなら「してあげた」のだからと思っている相手にもがっかりしてしまう。お礼(感謝)があるならの条件付きな上、感謝する側は下で、される私は上なんてね。昔(お役所勤め時代)はそんな人が周りに多かったのですよww今は人様から相手にされないことは度々あるもののー資質:ポジティブがベースメントに働いている?ー、本当に(あいやーこんなにもいろいろと面倒かけながら、ご縁を切らないなんて・・・)とありがたいやら、申し訳ないやらと思う人ばかりです。感謝「(やってもらっても含め)当然」と「あげたのに」は極力少なめの方がいい。形式の感謝でいいなら、いくらでも致しますよ(したくないけれど)。北海道でしたか、津軽でしたか?方言にある「なーもなーも」の心。欲しいものリストに入れておきます、ハイ。

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