醜いと思っている自分は決して悪ではないーシリーズ・エライ人にはわからんのですー

友達が別な友達といるのが嫌だった

ぱくたそ

子どもの頃、それも幼稚園のころから友だちが他の誰かと仲良くしていると心中穏やかではいられない子でした。

取られてしまうのでは?とか、そこには一緒にいられない!?仲間外れにされる!?とか「怖れ」と「嫉妬心」が湧いてザワザワするのです。

病弱で長男だったせいもあり、注目、関心をわたしに向けてほしというのはもちろんあるのでしょう。しかし、根元的な理由がなんなのかはサッパリ。寂しさからなのか?依存心なのか?

今、はっきり言えるのは、そこに「わたしも入れるべき」「入れるはずのわたしなのに」とは思っていたようです。何で?って疑問に思うくらいね。

実はお恥ずかしい話、大人になっても、このザワザワが出ることがあるのです。知り合い同士でどこそこ行ったというのをSNSやブログで見かけるとなると、それはもうたいへん!

酷いと(もう、ええわ!)ってww自分から離れることにしたりして。みっともない拗ねやすい、いじける性格なのでしょうけれど、根元がわからないので、わたし自身も困っている次第でして。

欠点=悪いと思い、自身で憎んでいるだけ

エニアグラムという人間を9つに分類する性格検査があります。検査の結果、わたしはタイプ4というものでした。それによるとシャッターガラガラと引きこもる、嫉妬心が強いのはこのタイプ4の典型反応でそうでw

ラベリングは避けたくもありますが、こういう部分(診断)もあるのが「私なのだな〜」と思えて、近頃はすっきりとしています。そう困ったり、恥じたりでなく、受け入れたのです。

対人関係やとある場面において「この反応良くない」とか「ダメ」とか自己評価、裁きをしてしまうとご自身が手を焼く、困る事態を引き起こすわけで。それがより恥ずかしさを増長させてしまうので。

恐ろしいのは劣等感に苛まれ、誠のぐじぐじと引きずるいじけた性格に変わってしまうかもしれません。わたしはすっかりいじけてしまったのですが・・・。わたしを心底思う人はもっと困まらせたことでしょう。

だからこそ言えるのは、拗ねる、いじけるなど欠点=悪という等式を成り立たせないようにしたいものです。あなた自身がですよ。

デキル人に近ずくなかれ!!

ぱくたそ

いい子になれということでは決してありません。反応してしまうのには何か理由があると考えて、今はわからいけれど、自分自身で叩くのは避ける少なめにするのがよろしかろうと思うのです。

わたしは自分叩きに才能を持っていました。きっとオスカー受賞間違いなし!なくらいに。叩けば叩くほど、懲りて改善するだろうと思い込んでいたのです。

叩けば叩くほど痛いし、辛いのにね。さらに始末の悪いことに「ある人」からーとくに自分が出来ている態度もよく、ルールも守り、知的で常識もある”エライ人”と人はこうあるべきだと思っているネバの人、二つ合わせて「正しい人たち」とわたしは呼んでいますーが言うんです。「そんなことでどうする」「そういう、いじける人ってよくないと思うんだよね」とか平気で。

あなた自身が持て余しているような感情、気質があり、自分を叩きをやめられないような心理状況にいる時、正しい人たちはとても危険です。

正論に力がつくと批判が意見と変わる怪

言うことはわからなくもありません。間違いでもありませんし。ですがなぜか心の動き、事情をイメージ出来な方が多く、わたしやあなたを許さないのです。

というのは自分たちが正しいー明るいことはいいことだ!いじけるのは見ていて不愉快!それを見せているなんて、とんでもない!!などの一般的な正論が根底理由にあるーから、疑わないのかもしれません。

人は正しい、きちんとしている、評価・人望・有名というだけで平気で人を叩けるのです。あと世間的にも賛同を得やすいから、これは意見として認められることが多い。

だから「ねじ曲がってもいいじゃん」なんて、わたしやあなたが言ってごらんなさいな。とんでもないと烈火のごとく反応するケースもありうる。

「ねじ曲がっても・・・」も同じ意見のはずなんですが・・・・これは彼らからすると「批判」「非難」「言い訳」「開き直り」「disり」なのだそうです。

長くなりましたが、つまり、迷い、悩み、自分でも困っている、なんとかしようとしているのに、感情や悩みを持った人として扱いはしてくれませんので、こちらからは近づかないのが懸命ということなのです。世界の王様(女王さま)気取りで説教垂れられのがオチです。

たとえあなたに醜さはあっても、それを憎まないように。苦しいのは、自分で自分を叩くから。叩くとハートだって見えないけれど傷がついて、血も流れているのです。

いや、憎む「必要はない」

醜いところや欠点、悪いところがあるから、あなたやわたしが嫌われたり、叱られたり、無視されたのではありません。

「正しい人」側の一方的な固定概念(正論)が、あなたを悪者にし、それはあなたの醜さのせいだ!と勘違いさせ、思い込ませているだけです。自分の正しさを確立する為にあなたを悪の証明対象にしている、酷い人たちも中にはいるかもしれないのです。

自分を叩く力を心と向き合う勇気に

ぱくたそ

正しい人たちは無自覚ながら人を罰しておいてー教えてあげたとか言うけれどー前や上に向かうことだけしか興味なく、それは誰でも当然でしょとばかりに省みることが「出来ない」。

挙句、夢を叶えよう!ポジティブが一番!と綺麗事まで宣い始める輩もいたりして、いや〜始末悪いな!!!とわたしは勝手に思っています。

疑わしいですよね?正しいのに、人を悪者にするなんて。隠すつもりはありませんので申しましょう。わたしの母は正に自己正当にわたしを利用して来た人です。

叩く人間がいるのにあなた自身でわざわざ叩き傷つけることはありません。醜いと思うことすらないと思います。そして何と言ってもあなたは、自分の弱さや汚いところを向き合い、見つめる力があるですから。その力を自分の為に使っていただき、あなたのを本当に心から思ってくれる人。欠点や醜さと思い込んでいる部分でさえ受け入れてくれる方々に出会って欲しく願っています。

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