カテゴリー別アーカイブ: 心・精神

言うても本音という不都合な真実はゴジラ並みに怖いと思うの

長いお盆休みが終わりまして、出勤と相成りましたが
まあ辛いこと。

ここまで辛いと「感じる」のは、大袈裟な言い方ですが
これまでの人生でなかったと思います。
子供の時もちゃんと学校には行っていましたし、
社会人になってからもありませんでした。

なのに、明らか気持ちが拒否しましてね。それこそ
「がんばる」「騙しだまし」でないと、とてもではありませんが
嫌な気持ちに負けてしまいそうで。さらには、

ズルズルと休んで、辞めてしまうのではないか、そんな事に
なったらエライこっちゃで!という怖れまで出でくる始末。

幸い、今週は3日間で済みましたのでホッとしております。ハイ

TW

このような事態になってみて思うに、子供の時、若かりし頃も
本音では辛かった、嫌だったのではないかと。吐き気、腹痛、
だるさ、過呼吸、不眠など体は明らかに反応していたなと
思い出されました。

頭、つまり良くも悪くも義務感や責任感という真面目さこそ
正しく、いい事であり、辛いという心(感情)は弱く、
好ましくない事。

心の悲鳴を体が拡声してくれているにもかかわらずです。

聞いてないとか、聞こえないとかのレベルでなく、
悲鳴という認識がなかった。
まさか悲鳴だなんて!思いもよりません。

なぜかと申しますと、
自分の体と心が繋がっているという前提と申しましょうか、
知識と申しましょうか、ない為「わからない」のです。

精神論、気の持ちようと言いながら、勘違いして
実は頭の理論で無理矢理動いているだけだったり。逆に前提、
知識がなければないで、知らずに心に負荷をかけてしまったり・・・・。

いやはや、もう何がなんだか、目茶苦茶わややでありますが、
知識は備わってもその当時からのクセが未だに抜け切れていない。
三つ子の魂百まで。無くて七癖。

幸せを掴むより肯定的副産物が欲しい。トホホ

 

ちゃろ思ふ故

ちゃろ

同じような苦しみをしたご経験のある方は
休みに順応して、仕事に魅力を感じなくなったとか
お仲間の態度が実は気に食わないとか、心の奥底の本音があるのかも
しれませんね。(これも認めがたい?ァハハ・・(^д^;))

会社やお仲間からすれば不愉快でしょうけれど、
自分がそう感じるならそれでいい!

知らず知らず、どこかで

「 みっともない」とか
「よろしくない」とか
「運気が下がる」とw

ペケをつけている。

また、本音を自覚してまうことによる「怖れ」例えば

もっと嫌になり益々行きたくなくなる!
我慢出来なくなる(がまんって言っちゃっているよなw)!
辞めて、お金が入ってこなくなる!(とこじつけ?始める)

などに、他なりません。

黒い、ダークでドロドロとしたネガティブで陰の感情でも
本音=自分の気持ち・思い・感情には違いありません。

ならば体に異常をきたしてまで、心の悲鳴を無視してまで、
ペケをつけて「いい子」になるのはいかがなものでしょうか?

ちと古いですが「不都合な真実」ですよ。心豊かで立派で、
特別であることは尊ばれますが、一介の人であると
自分自身を丸ごと受け入れるのも素敵で、好ましくはありませんか。

それもそれで運気が上がるような・・・気が致します。うん。

そうだとええなぁ〜(●´ω`●)ゞ エヘヘ♪

どんな暗く、重たい感情を抱いたとしても
他人様からゆるしを請う必要はありません。
オマエ酷い奴だなと言うばかりで、
「辛かったんだ・・・堪忍してな」なんて
まーず、謝りませんので。

むしろ、陰口や密告でざわつかせながら
「和を乱した」と罵るのが関の山です。

こちらは乱すつもりどころか、自分でも持て余す
重たさに対応すべく躍起になっていて
そこまで思考が回っておりません。

ですから、そう!
ゆるしを必ず与えかつ貰えるのは自分自身。

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神奈川県 夕日の滝 2016年もみんなで滝行をした【イベント】

普段と違うことをしよう!オトナの部活動「L・L・L Company」の冠で
ちょー久しぶりにイベント。それもアクティビティーをしました。
いつの間にやら知られてるようになった「滝行」でございます。

以前はわたしで一人で行っておりましたが↓

東京からもほど近いところで滝行!そっとプチ修行をした。ーそっとあなたに1tspー

昨年より複数名で行き出しまして↓

【L.L.L Company】神奈川県・夕日の滝 今年も滝行!みんなでプチ修行をした。

本年はわたしの地元から都内、さらに前職の同僚と
各方面から参加して下さいました。

人数が多かったので主催団体様に無理を通しまして、開始時間を
変更して頂いたり、団体割引まで適用して下さったりと
至れり尽くせりの行となりました。

小田急線新松田駅に集合し、そこから送迎車で現地まで。
ちゃろ達とは別の参加者もいて、そこそこ大人数に。

道着に着替える際、サイズが合わずにてんやわんやしましたww

滝行

行前の説明。しげっちは本年も参加して下さいました٩(๑❛ᴗ❛๑)۶

ここから10分程度歩くと

滝行

行場こと滝に到着。ギャラリーもいましたが行が始まると
昨年のように居座る人はいなかったので、とても良かったなと思います。

滝行

水量はまあまあ。というのも水不足でして・・・雨量が多くても少なくても
というのが滝行。ここでも、ご縁のものだなとひしひし。
水温は昨年より3度低い17℃。気温が比較的過ごしやすかった分、
冷たく感じました。((( ´w` )))

半々のチームに分かれて滝に打たれました。

滝行

↑モザイクかける必要ないくらいですがァハハ・・(^д^;)

初めての方々はそれぞれのイメージ以上の衝撃だったり痛さを感じたようです。

でも、終わった後は!?

滝行
( 0w0)ノ ウェーイ(右が元同僚のHさん)

滝行

ラストは希望者のみで!!滝つぼに立つところなかったので
岩上に登りましたww 一昨年はここで座禅組んだのですよ。

あ!と言う間に時間は過ぎまして、みなさんホッとしたご様子。

滝行
そして、とてもいい表情ではありませんか!!記念撮影
(Σ(´Д`)ハッ!!ちゃろ、写ってないや)

ちゃろ思ふ故
滝行

イベントタイトルに付けた通り、それぞれの「思い」「目的」を持って
参加して下さったようで、お声かけと参加募集を行ったちゃろとしては
得る何かがあったのなら、それで

Excellent(*ゝω・)b

と思っております。

解散後に「気づきがあった」とのメッセージを幾人からか
メッセージを頂いたのはホッとしました。

煩悩がなくなった、穢れが落ちたと「その気になる」ことで
精神の清らかさを感じてもよろしいですし、反対に今一つと思うのもアリ。
そのまんまを受け取って欲しいですね。

何より、普通に生活していたのなら出来ない、しない
希有のイベントに対し自らの意思、選択、応募し
やってみた=体験したというのは大きな財産ではないかなと思います。

募ったのはちゃろで、ご指導・進行は足柄修験の会の先生方ですが
イベント会場の滝は自然の恩恵。天候次第では中止だってあり得たのです。

今年は数ヶ月前よりスケジュール立てをして、
早くに募集を掛けたにも関わらず、きちんとお越しになった。

なーのーに!?

自分はやり切れた!

ではありませんかо(ж>▽<)y ☆

そして、

気づき、やってよかった、楽しかったなどなどは、
ご参加下さったそれぞれの内から湧いて出たのでしょう。
もともと、あったのです。それもすごいと思いませんか?

自信に繋げても決して大げさではないと確信しております。

ありがとうございました。

*ご参加下さった方もブログに書いて下さいました。

写真で見る「滝行って、こういうの」

-手帳で活用で夢を叶える・コボジュンワールドより

*滝行体験に関する事は弊ブログ↓

滝行は本当に危険はなく都内から90分で体験!ー申し込みから当日までー

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不安定な心を持っているキミではなく心は不定形であると思うの【考え】

拙のiPhone5(6でもsでも、入力ミスでもなく正真正銘ただの5)
不調が際立ってきました。
ひと昔前のPCのようにピタリ止まる現象、フリーズが起きる。

その上、オートシャットダウン、パワーオン・・・
Appleマークの表示が長いことァハハ・・(^д^;)

よく頑張ってくれているのですが、対策を立てるには頃合いかと。
秋まで保たせるか、いっそ違う機種にしてみるのも
面白いかもしれません。移り気〜〜〜ww



さて、人の心はいつまでも、常に同じではない
ということでもありまして、今の今まで快いかと思えば、
くしゃみ一つでもした瞬間!不快にもなる。
逆もまた然りと申せましょう。

人の心は秋の空。
グニャグニャしているようです。

形状で申し上げるならば

  • 二等辺三角形だったり、
  • 台形になった!と、思うや否や!
  • 菱形で、しかも膨らんでいたり。
  • トゲトゲがついてたり、次の瞬間には
  • 熱を帯びたかのようなオレンジ色の五角形に・・・。

心はちょっとした刺激で「形」を変えていく
こうしてブログを読んでいる間も、
一つ一つ言葉を拾う度にチャカチャカと変わっているはずです。

ドキッ!としたり、グサリ!と来たり、
ぽわっとしたり、モヤモヤしたりね。

そういえば、心の動きにやたらと敏感、
気にしている人がおります。

普段そうではなくても寝不足続きや過労気味でなることも
あるでしょうが。

「なんか安定しない」
「今日は良い調子」
「否定的な気分だぞ」

と、なんなん?

一喜一憂。不安と安堵をぐるぐる行き来。

また深堀だあ〜向き合うだあ〜とかおっしゃる人も。

「心のブロック外れた(●ↀωↀ●)✧」
「心が解放された( 0w0)ノ ウェーイ」

とか言うて浮かれ気分。気持ちいいものです。わかります!
心が大切で仕方ない。
心の在り処を郵便番号から知りたいのですね。

心の状態をチェックしているとご本人は思っているのでしょう。

実のところチェックではなくて

「分析・判断」

ガンダム

例えば、ネガティブな気持ちになったとしましょう。

( – -).。oO( あー、ネガティブに成ってきたやんか )

とまでがチェックとしましょう。

ところが!敏感、気にしーの人や状態時、深堀り、
自己との向き合いは

概ね

分析:こんな事があっって、私はこういう風に思った。
それはコレコレという本に書いてあった。
それは 誰それが言うてた。ということは→

→判断(評価):私がホニャララしたからだ。
私という人間がむにゃむにゃだからだ。
それは○だ×だ

きゃっほー٩(๑❛ᴗ❛๑)۶

みたいな。

トリプルコアが6つもあるコンピュータ搭載の
ガンダムばりに素早い処理速度で行っていることに
気がついている方がどのくらいいるのでしょうか。

「分析・判断」はやりたいのなら、大いにやっていただければと、
ちゃろは思います。中々、ひとりモビルスーツ戦をする時間は
取れるものではありません。
皮肉ではなく「タデ食う虫も好きずき」です、ハイ。

ただ「心の状態チェックではない」事。
加えて、例えるなら心の形は円、球体であるのが
「望ましい」、「正しい」などとは

努努思わないでいただきたい!(☼ Д ☼) クワッッ!!!

さらにさらに申しますと、不安定(円以外の形)が
よろしくないのではありません。

ねこ

ネガティブ観、自責により「苦しみ」「辛さ」を抱えることなのです。

痛めつけ、傷つくと一時的に、その痛みと傷で
「苦しみ」「辛さ」は感じられなくなるのですが、
再び感じるようになればまた痛めつける。傷つける・・・

誤魔化すために度々繰り返すと、傷が化膿するかの如く
「苦しみ」「辛さ」は増していくことでしょう。
さらに強い痛めつけが必要、止められない

傷が大きく、激しくなるのにウゥッ・・・(´;ω;`)

安心してください。
あなたとネガティブ(観)は同一ではありませんよ。
違いますからね。

「持っているのは私です!」って?
なるほど、なるほど(‘-‘*)(,_,*)(‘-‘*)(,_,*)

揚げ足取らせていただきますwご容赦下さい。

あなたの持っているヴィトン(でなくてもいいですが)のバッグ
あなた「そのもの」「あなた自身」でしょうか?
バッグはバッグ。あなたはあなた。
一色単=同一ではないですよね*:゚*。⋆ฺ(*´◡`)ノ

持ち物と自分。物と人

そんな関連みたいものとご理解いただけると幸いです。

もう一度言います。
自己否定してしまう点ではなく、むしろ
「苦しめる」「辛くしている」点。

あなたそのものは×でもなんでもなし
自分の苦しみから逃れる手段として、ネガティブ観を使ってしまう。
「行為」「観方」にお気を配って欲しいのです。

たまゆら

なにを悟ったか知りはしませんが「ポジティブバカども」ヾ(°∇°*) オイオイ
不肖・ちゃろから見ても人と「行為」「観方」の区別がついていません。
ことば巧みに無神経に、ネガティブラーのわたし達を煽ってきます。
否定しています。「←そんなこと言っていない!」と宣います。

はっきり言いましょう!

聞く耳を持つ必要はありません。
真に受けなくて大丈夫。

真なるポジティブな方々は別にちゃんといます。

不安定な心を持っているあなたではなく
あなたもわたしも、心は不定形なのです。

心静かに 穏やかに
抗わず のみ込まれず

揺れ動くまま 振れるがまま
終わるがまま 戻るがまま

苦しみ少なく 幸せでありますように

**************************

日本には坐禅があるじゃないか!

7月になりまして,
真っ先に変わったことが早速ありました。

会社から保険証が渡されたw
1年と半年ぶりですな(しみじみ)

年金はあきらめられるけれど、国民皆保険制度
は崩壊しないで欲しいです。

ちゃんとしようと思いながら、はて?
何を具体的に実践すれば良いの・・・

アホさ加減も甚だしくありますが
プリンシプルの「心静かに穏やかに」を軸に考えれば
まずは!!

坐禅です。いやマジで!
空いた時間と人目について怪しまれないところがあれば、
マメに座っております。



ちと脱線。そういえばマインドフルネスがちょっとした
話題になっていますね。
自慢で恐縮ですが、今更ながら何を言うてるのやら
と、ちゃろさん冷ややかに見ております。

と言うのは、もう何年も前にわたし、マインドフルネスの
書籍をバーゲンブックにて購入しておりまてね
(英語本訳本でしたが、ただ内容的にはどちらかというと、
集中して取り組む事による効果と大切さ、ワン・シング的な内容でした)。

そのバーゲンブックとやらは絶版本=ほとんど売れなかった。
加えて版元もなくなったのですから、多くの人が
興味を示さなかったという証ァハハ・・(^д^;)

それが今やGoogleだのFacebookだのグローバル企業さんで
活用されていると伝わってきた途端!?この様はなんなん??

マインドフルネスって流行り??時代??
Googleなどがやっているから???

とか言うんじゃなかろうな・・・(☼ Д ☼) クワッッ!!!

マインドフルネスのことを知らなかったにせよ、
何を振り回されているのやら。中には声高にマインドフルネス!
マインドフルネスに取り組んでおります!!と選挙カーばりの人もいたりして。

元々我が国日の本には禅があるのですよ。
ココロのお稽古、伝統文化。
それをないがしろにしておきながらなんでしょうね。

少しは恥じなさい。

情報やクチコミに飛びついていては、
マインドワインディングではありませんか、ハイ。

脱線おしまい!

さて20代学生の頃、禅に興味を持ちまして、
とくに坐禅は途切れ途切れながらも取り組んで来ました。
花道、茶道、武道、庭園にも禅の世界が入り込んでいます。

当時は正直はっきりとしていなかったのがこの齢になり、
やっと明確にいや「深まった」と言った方がぴたりとハマりますかね。
深まり出しました。

雑念を払おうとか、快適に過ごしたいとか、ぶれない自分になる
そんな理由もアリですが、むしろ何かに追い立てられている
「焦り」に抵抗するでもなく、乗り越えるでもなく、さらら流して
一時の精神・魂の静寂と感性の研ぎ澄ましには最適な手法だなぁと思っております。

まあ自慢から、これだけ文句言っておいて静寂どころか
説得力に欠けますが。

このあと、また座してココロのお稽古にゆらゆらと委ねますかね(*´σー`)エヘヘ

神奈川県稲村ヶ崎 月読寺坐禅セッションにてココロのお稽古をしました

住まいから90分程度かけて湘南・鎌倉方面にある稲村ヶ崎まで
出かけました。昔、映画の舞台にもなったサーフィンの聖地でもあります。

言わずもがな波乗りしに来た訳ではなく坐禅会があるというので。ハイ

道場までの道筋

坐禅と申しても雑念や煩悩を払って云々というものではなくて、
昨今ブーム(?)の瞑想とかマインドフルネスのようなものだとお考えいただければ
良いかと思います。

ブログにも書きましたがようやく「心静かに穏やかに」暮らす、生きるをテーマに、具体的ではないもののそちらの方向にシフトしようと自覚しましたものですから
行動、実践の一歩としたく参加した次第です。

会場は江ノ電の稲村ヶ崎駅を出て徒歩10分程度のところにある月読寺。

山間の住宅地を進みまして、右に曲がると

稲村ヶ崎

ぴゃあ〜〜!この急勾配。この日はユビグツこと愛用のヴィブラムを履いておりましたが、中々の足取り。帰りの下りの方がきつかったです。登り切るかどうかのところ
右手にありました。

さて、寺とつきますが建物は

稲村ヶ崎

このような感じでして、入り口も

月読寺

えっ!?マジでか??という佇まいww道場と申した方がしっくり来ますね。

言葉を発することは厳禁!?

さらに細い通路を登っていくと玄関がありまして入場。
靴はたくさんあるのですが・・・

シ〜〜〜〜〜ン

ユビグツ脱いであがると畳敷きの部屋に人がズラリ
すでに十数人いらしているとは思えない静寂ぶりでした。

目を閉じて座している人も多く、小池龍之介住職もいらっしゃいました。
(もちろん瞑想中。まるで寝ているかのよう・・・)

お話はしないようにと玄関に小さく書かれているとは言え
いらっしゃい、おはようございますの挨拶もなし!!
ここまでとは・・・さすがには面食らいました。

静寂にするというより禅道の考えでは話すことにより
心のざわつきが高まると考えられています。煩悩のむくむくと出てきますしね。
とくにセッション前だから、高ぶりあるままではとの住職のご配慮らしいです。

なので、とてもではありませんが写真は撮れませんァハハ・・(^д^;)

でも、伝家の宝刀!出でよ〜〜One Cam

とばかりに数枚は↓

月読寺学生さんらしき人 スーツ姿の方、本格派?作務衣姿の方 老若男女が参加。

月読寺
↑こーんなお座布?に座って、組むんですよ。

セッション開始!!

9時。まずは法話のような説法のようなお話を聞きます。
坐禅にあたり心構えやコツにつながるのです。
今回は今、この瞬間しか「現実」は存在しないにもかかわらず、あたかも
過去や未来を現実だと扱ってしまう人間、脳の働きについて。
過去は過ぎてもう「ない」未来は未だ「ない」。今というこの時だけがある。しかしながら、こうして「今この時」と言っているそばから、どんどん未来も過去に流れて、その過去さえも流れ流れて去ってゆく。
今と言っても刹那の瞬間、点に過ぎないのに映画のフィルムやパラパラアニメの
一コマ=切り取られた一枚の静止画(点)を連続して動いているようにしかも、
パターン化されて以前こうだったから次はこうなると勝手なる先読みーセブン!言えばイレブンと続けるみたいなwーまでもして脳が見せているのだそうです
( – -).。oO(     難しい)
タイムラプス動画編集機能。脳内iMovieで作られた映像を我々は見ている。眼前に打ち寄せ引いて行く波でさえフィクションの世界。現実ではない。今というのは点であり、刹那だから。過去も未来も存在していない=もうない、未だない=無→リアルではないという意味。

実際にあった、これからあると思っているのはあなたやわたし、人が留めておこうとする。つまり「執着」が起こっている。後悔や将来を患うのは今、刹那の瞬間にも過去、未来という無いものに「執着」しているからなのだそうです。

なんか煙に巻かれたような感はありますけれど(*´σー`)エヘヘ
この話を元に執着を放して、座することに。

何か物音がしても、瞬時に過去に流れる。次はこんなことー先述で言うとイレブンの部分ーが起きる思うのはフィクションなので、意識を向けず、ただなんか起きているな〜で流すとして、60分みっちり組みました。

気持ち良いというよりは体に変な力がかかっているな〜、ここの部分が痛いぞ!とかが明確にわかります。でも、その気になるところも一瞬の不快、苦痛であって、連続してずーっと続くわけではないというのは感覚ながら理解できました。痛みが続くと確かに勝手に自分が思い込んでいるなと。

ちゃろ思ふ故

IMG_0171
この後休憩挟んで、また坐禅を組みました。その前に別の説法、コツ話を聞かせてくださったのですが、ただでさえ文章にするのがうまく出来ないのにこの手の話です。結構、つかれました(●´ω`●)ゞ エヘヘ♪今エントリーではこの辺で。

わたし個人は頭と五臓六腑4:6でボンヤリ掴んでおる(つもり)のですが。あなたにお伝えするには「ごめんなさい」としかいいようありません。

今この時を精一杯生きる!とよく聞きますし、言っている人がおります。
坐禅セッションを体験して思うに「言うのは易し、行うー身を以てして理解、腑に落ちるーは難し」。刹那を捉えるのは理屈や頭では絶対無理無理っす!息詰まっちゃうw
そういうお気持ちで生きなさいよという、ハッパかけの言葉ですね。

「一日一生」が出来れば大成功ではありませんか。まずは自身が幸せ-仏道では満ち足りるを指すのだそうですが-であること。幸せであろうとの思いで十分ではなかろうかと思いました。よく生きるのは二の次٩(๑❛ᴗ❛๑)۶うまく生きるなんてもっと次〜〜〜!!