カテゴリー別アーカイブ: 心・精神

無理はいけません!でも難題に挑むことでこそ、恐怖心や緊張を超えることもある。

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本日(昨日ですねもう)はスピーチトレーニングへ。しかし、いつもと違いましてクラブ創設5周年記念も兼ねた会。わたし個人としての違いは、この記念すべき日に、恐れ多くもMCをすることでした。引き受ける際に我ながらおおー!という発想がございましたので、お話させていただきます。お付き合いのほどを。

やはり実践に勝る修行なし

このMCというのは本来、一通り、タイムを計ったり、審査投票数を集計したりのサポート係を終えて、スピーチも幾度かこなし、さらに会全体の運びが理解できるようになってから、つまり入会して長い期間経てするものなのです。

ご指名を受けた時に(まだ数ヶ月しか経っていないのにやってええんかなぁ・・・)と思いつつ!?わたしにしては大胆な発想が湧いてきたのです。

記念日でゲストの方が大勢来るなら知らない人ばかり。設立者やエリア外のお偉いさんもいる・・・ん?これはアウェイだよね。将来、大勢の人の前で話をするという夢があるなら、これは自分にとって絶好な機会ではないか?人前でお話するのは、知っている人の前とは限らないのだから。

そうだ!少しでもやってみたい気持ち、将来につながると思えるのなら、うまく出来るだろうか?という不安よりやってしまった方がいい。初めから失敗してもいいや!とはまた違う。ミスしたとしてもめげない自分になれそうだ!! と・・・・

成長のために反省、PDCAサイクルで言うCは必要ではありますが、なくても得るものはあり、それも成長の内だとわたしは思いました。

もしあなたがたとえ不安や恐れに勝てなかったとしても、悪いとは思わないで欲しい。なぜなら、それは「うまくやらねばならない」「失敗してはいけない」という責任感のようなものが強すぎる。もしくは、心もスキルもまだ準備段階なだけかもしれないからです。

挑戦

ちゃろ思ふ故

やりたい気持ちが整えば、挑戦、行動にするようになります。反対に、挑戦・行動してしまうことで、気持ちを整えてしまう(うまく出来なかったことへの余計な自責ではなく、勇気と行動力に評価のスポットを当てられる)手もあります。効果の程は個人差がございます。お好みのやり方をどうぞ(お試しも可ですよ)

「動き」がないと水だけでなく、人の頭も心も体も腐ってくる。

ふいと思いついて、外に歩きに出かけました。言うても深夜0時に。防犯や睡眠の観点からしたら決して好ましいことではありません。しかし歩いてみると、どうも体のほか頭も心も「動かす」ことしてみたかったのだなと気づきがありました。「動き」「動く」ことについて、お話しましょう。

身体、水の如し

サイクリング

昔から「流れる水は腐らず」と言われおります。川や海のように流れる=常に動いている、停滞がないと腐敗しないということ。これを人に例えて「やることないから腐った人間、しょうもないことすんや!!」と言ったところでしょうかw

部屋に篭って長い時間、SNSやLINEをなどでiPhoneを眺めていたり、TVを眺めていたり、読書ばかりまた仕事とは言えフェルティングばかりしていると体が重くなってきます。ウェイトではなくて、なまってくる重たさと言えばしっくりくるでしょうか。もしかすると「動き」がなくなる事で、何か心身に影響を与えているのではないかとわたしは思ったのです。性格が外交的・内向的。嗜好でアウトドア・インドアという違いはあったとしても(どちらが悪いという話ではありません。よく活動的「だから」いい、スポーツしているの「だから」間違えない。それらはまるで社会通念のような感じを受けることが度々あるので。敢えてここで言わせていただきます)、全く「動き」のないことで澱み、腐ってくるのかなと。 人間も、成人なら約60〜65%は水分だそうですし・・・

心動かせば澄む

猫

体だけでなく、心も頭も「動き」がないと澱んできます。どよーんとしてきたりしませんか。心の動き、そうですね。ここでは「震わす」と表現するとしましょう。ウキウキ、わくわく、心震わすのは気分がいいものです。わたしがアートー音楽、絵画、演劇などーに触れるのはズバリそこにあります。エレガントぶっている訳・・・少しはあったとしてもw一番の目的は心澄み渡らせる点に置いているからからなのです。

正直、誰のいつ頃の作品というのはどうでもいい。背景を知っていれば、今以上の震動を起こせる可能性は無きにしもあらずですが、なぜならそれは、知識や教養です。興味関心があれば、あとでも調べたり学べますから。しかし、生の絵画、演劇、音楽を前にして、五感を働かせ「震わせる」時・場所は正に今この時しかないのです。感性とか精神性にダイレクトにつなげるのなら、むしろ知識は邪魔にさえなることもあります。

JAZZのうんちく先行主義。背景を主に有難がって「いいよね〜」ってヤーツ。それはわたしからすれば、脳みそで聞いているようなもの。すごいJAZZMENが演奏した曲だと知っている。「だ・か・ら」いい曲!!では、心への「震え」は浅くなり、知的な自分に酔ってしまうだけで終わってしまうのではないでしょうか。辛口ながら震わすことを目的としているわたしには、無意味と言ってもいいくらいです(失礼)。また、楽しんで頂こうとしている演者の方々にも申し訳ないです。「震わせる」によって、感性とか精神性とか言う心を澱ませない、腐らせないようにしたいものです。

頭に詰め込むことは「動き」なのか?

セミナー

体、心と来れば、次は頭。セミナーや読書での学びは「動き」なのでしょうか?少し考えてみましょう。

大人の場合、出世や転職、独立ややりたいことの為、即ち、自分に取ってより好ましい方向へ進む、あるいは抱えている問題を解決したいが為に勉強をしていると仮定します。学びが動きであるならもはや、わたしもあなたも相当好ましい状況下にいるはずww悩みもなく、たとえ新たに発生したとしても、十分「動き」はあることになっているのですから。澄んだ頭でサクサク解決してまうでしょうね。ところが実際いかがですか?「まだ足りないまだ足りない。」「もっともっと」と詰め込むことばかりしてはいませんでしょうか。

頭に詰める(セミナーに通う等)も”動き”と表するのは間違いではありません。しかし、ここでいう「動き」とは澱みをなくし、腐らせないこと。それを目的としたものです。問題解決せずに、モヤモヤしているようならば、それは頭についての「動き」ではない。そうです!頭に詰める行為ではなく、中に入れたものを「動かす」こと。そうですね・・・「実践する」。かっこよく「アウトプット」なんて言葉を使うのは如何でしょうか。詰めたものを頭の外に向かって出す=「実践」「アウトプット」こそが、頭にとっての「動き」ではないかとわたしは思います。

学ぶも動きの仲間であるが故に恐らく、勘違いしてしまうのでしょうね。
「実践して」「アウトプット」して内から外に出さないとならないのに、どんどん外から内に入れてしまう。知識のまま活かされず=頭に動きがなくなるので、当然の帰結。解決も好転もないどころか澱み、腐敗(モヤモヤ、イライラなど)が起こり始めます。こうなると本来の目的でもある解決好転の為に必要な「実践する」はどこへやら。にもかかわらず、まだ必死にあれやこれやと詰め込み続ける。さらに「実践する」「アウトプット」する時間は益々取れず、しなくなるのではありませんか。手段(学ぶ)が目的に取って代わり挙句、積ん読ならまあいいでしょう。セミナーホッパーや勉強会依存症になる方まで出て来ます。大切な時間とお金を使っているのに、ただ腐らせているだけなんて・・・。「実践(アウトプット)する」動きにもっと意識しませんか。そして、血肉に致しましょう。詰め込み過ぎれば、箱なら壊れます。部屋なら狭くなります。お腹なら痛くなるものです。

ちゃろ思ふ故

花
動くことで鈍った体、心、頭を回復させるというより、濁りからすぐに脱出出来る。愚痴やぼやきを吐きたい時もあるでしょう。しかし、吐き続けるのは、あなたの性格や周りがいけないのでなく、何かの原因で「動き」が足りない為に澱みが中々消えない。もしくは心身頭脳のいずれか、または全部に腐敗が始まっているからかもしれません。アクティブでないとダメとは違うのはお読みになってお分かりかと思います。内向的、インドア派の方に、毎度ながら松岡修造さんばりに動きなさい、全力思考(前向きとは違います)でいた方がいいなんて間違っても申しません。

無理なく動くことなく。かといって全く動かないでいるのではなし。心の箇所で申した震え。せめて小さな振動を加えるだけでいいんです!イラストが好きなら、うまく描くより好きに描く。本を読んだら出来るようになるより、一つだけやってみる。話し下手なら、相槌上手でいるものいい。嬉しい、楽しい、素敵だな、よく頑張った。着手できた。

ぶるぶる、マナーモード程度の動きを心体頭に与えて参りましょう。

わたしが自転車に乗る3つの理由

いい陽気になりましたね。少々汗ばむくらいですが、行楽にスポーツにうってつけの時期です。
わたしは自転車に興味を持ちまして購入し、乗り続け6年以上になります。
なぜ、わたしが自転車に乗るのかというお話を致しましょう。

自信を持って取り組める、自分の証であるから

何をやってもダメだ、出来ないと酷い自己肯定感の低い人間でした。
ある日、友人から「自転車が楽しいよ」との話を聞きました。そうかなと疑心暗鬼ながらカゴのついた自宅にある自転車で勧められたコースを走ってみたら!?長い坂道でも自転車から降りることなく登れたり、電車で行くような距離にあるショッピングモールまで走り切れたではありませんか。

うわあーやった! I made it!!

この上ない達成感がまるで光となって全身に行き渡り、満たされ、そして「自分にもできることがあるんだ」という感動が微力な電気のように流れたようでした。嬉しくて仕方ありません。
自転車はわたしにとっては自己を認められるようになったツール。ですから楽しく今でも好んで乗り続けているのです。

自転車

メンタルに絶大な効果

意外と驚かれるのですがこう見えて、うつ病を患いまして服薬治療をしています。当初はたいへん辛く苦しい日々を送りました。

人様に優しいお言葉を掛けて頂くこともありましたよ。

「がんばらなくていい」
「無理せず」
「ゆっくりね」だから

「元気出して」

・・・いや、元気出せないので困っているのですがw

自転車で走ることで肺を動かし、大きな呼吸をする。血行が良くなる。太陽の下、ペダルを漕ぐという単調な運動にたいへん気持ちの良さを感じたのです。マイペースに、一人で、マイナスなことを考えないで済んだのが幸いしたのかもしれませんね。

医学的な根拠は調べたところ生憎ないようですが、重症化しなかったのは自転車のおかげであるのは間違いないとわたしは信じています。
モヤモヤしたり、エントリーがまとまらなかったりwすると気分転換に走りに行きます。自転車

部位ごとの体の調子に意識が向く

以前通勤に利用していました。片道16km。同じ道、同じ時間に走っているのに「あれ今日はペダリングが滑らかだな」とか「登坂にえらく踏ん張り必要だったな」「息切れがするな」とか様子感覚が違うのですね。
季節や外気温、外気圧などの変化による影響を除いても、実に足首、膝、腹筋、手首など体の部位ごとの調子が判るお陰で、無理をすることが減りました。「慢性的な疲労が普通である」なんて、わたしからしたら「危険思想」です。
運動をすると体力がつき健康に良いといいまして、それはそれでご尤もなのですが、わたしはむしろ体調や疲労度を自己確認し、コントロールする為の指針としています。

自転車

ちゃろ思ふ故

「体のコンディションを整える指針」「気分転換になる」「達成感から気力を回復する」自転車。専用のシューズやウェアは必要ありません。お買い物や通勤通学の際に最寄り駅までではなく、ちょっと先までペダルこぎこぎ行ってみてください。
自分自身の心や体への気づき、嫌な気持ちからの解放に一役かうかもしれませんよ。

今日もありがとう。

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